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生きているだけで丸儲け


by zxt7867
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我是一颗小小的西瓜籽(僕はちっちゃなスイカの種)

西瓜籽的由来
这话不从我老公说起是不行的。

那还是我第一次去我老公家,是大学毕业后的一个夏天,当年的我一袭白衣一头长发,是很在水一方的那种。説我第一次去老公家发现他吃西瓜是不吐籽的,我想起小时候母亲老是提醒我和妹妹西瓜子不小心吃到肚子里去了,肚子里就会长出个大西瓜。
老公的父母对第一次上门的我大说特说了老公的小时候的趣事,不外乎他多能干多聪敏多天才多神童之类的。其中我最喜欢的是他如何喜欢西瓜的那个,当然了这故事经过了无数次重复,被传得神乎其神。
话说我老公才刚会爬的那年夏天,中国是7坐8爬,意思是大概婴儿都是7个月会坐8个月的时候会爬。如果这样推算的话,老公是一月生的,夏天确实是刚会爬的时候。老公刚会爬,他就会光着屁股爬到邻居家去串门了。当时的左邻右舍不需要按门铃敲门报家门之类的,随时可以自由出入,不像现在这么有隐私。老公就在这样的时代背景下一爬爬到隔壁邻居家寝室的床下,发现了自己的最爱——大西瓜(当时夏天单位都会发西瓜,不是按个数分而是按重量来,一分就是100斤左右,一般人家都把西瓜放在阴凉的床下储藏),老公发现了这么多西瓜,他欣喜若狂,乐不思家呆在床下不出来了,邻居开玩笑的对老公说,你有本事拿回家就给你了,没想到老公二话没说,当然了他还根本不会说话,老公当时是非常自然的一撅屁股挑了一个最大最圆的西瓜连滚带爬,愣是给推回家了。。。。。。当时我是很怀疑这个故事的真实性的,但是迷上了故事里的小瓜盗。

10年后的一个暖冬,刚接受完产妇人科检查的我轻松地走在宽敞的本牧大道上,踩着遍地金色的银杏树叶,怀着无限的感激,按捺不住内心的喜悦。虽然我是个无神论者,却整个身心都感觉到神的存在,虽然看不见摸不着,但我的每一个毛孔都能感觉到上帝与我同在,神就像空气,就像阳光,无时无刻无处不在,因为我确实收到了来自它的礼物,一颗小小的西瓜籽。

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スイカの種の由来

 この話は夫の話からするべきであろう。

 私が初めて夫の実家に行った時のこと、それは大学卒業した夏、当時の私は白いワンピースに長い髪、世間並みに美少女のたぐいでした(fujimotoさん有難う!)。初めて夫の家へ行って、彼が西瓜を食べる時、種を出さないことに驚きました。小さい時から、母が私と妹にいつも「スイカの種をペッペッしないと、お腹に大きいスイカが育つからね」と言っていたことを思い出しました。
 夫の両親が私に彼の小さい時の面白いできごとをたくさん自慢してくれました。どれも彼が才能あふれるだの、賢すぎるだの、天才だの、神童だの、という息子の自慢話でした。その中で私の一番気に入ったのが、彼がいかに西瓜を愛したかというお話でした。何度も語られている間に、彼を神とする伝説に近くなってきました。

 話はまだ夫がハイハイをできるようになったばかりの夏のことでした。中国語の「七坐八爬」の意味は、赤ちゃんが大体七か月の時に座り、八か月の時にハイハイができるようになるというものです。遡って推理していくと、夫は一月生まれなので、確かにハイハイのできるようになった頃は夏でした。その夏、彼はへっぴり腰まるだしで隣の家まで這っていけるようになりました。当時はインターフォンを押す習慣も、ドアをノックすることも、名乗ることも必要なく、いつでも自由に出入りすることができ、今みたいにプライバシーを気にする必要がありませんでした。そんな時代背景の下で彼は這い続け、とうとう隣人の寝室のベッドの下までたどり着きました。その上そこで彼は自分の大好きなスイカを発見しました(昔は夏になると会社からスイカを分配され、それも一個や二個ではなく大抵五十キロぐらい貰える、普通の家庭は貰った西瓜を涼しいベッドの下に置いておいた)。夫が西瓜を発見、彼は喜びのあまりに家に帰ることさえ忘れ、ベッドからなかなか出てこないので、隣人は冗談で彼にこう言った。「持って帰れるなら、君にあげるよ」と。それを聞くと、彼は何も言わずに(もちろん彼はまだ何も言えない)、何の迷いもなくスイカの中から一番大きくて丸いものを選んで、お尻を高くあげて七転び八起き、そのスイカを押しながら、本当にお家まで持ち帰りました―――私はこのストーリーの真実性を疑いましたが、ストーリーの中の小さな西瓜泥棒に惚れてしまいました。

 10年後の温かい冬、産婦人科検診を受けた後の私は、愉快な気持ちいっぱいで本牧通りを歩いていました、金色の銀杏の落ち葉を踏みながら、心の中の喜びを抑えきれません。感謝の気持ちが胸に溢れていました。私は無神論者でありながらも、全身全霊に神の存在を感じ取っていました、見えないけれど、触れないけれど、しかし主が私と共にいることは体中に感じていました。神はきっと空気のようで、太陽の光のようで、いつでもどこでも私たちの周りにいると。神様からの素敵なプレゼントを私は確かに受けとりました、それは小さなスイカの種でした。

ちさりきさん、通訳を見直して頂いて心から感謝いたします!
by zxt7867 | 2008-02-23 07:17 | 息子